さくらえみ(Sakuraemi)オフィシャルブログ|さくらいと

プロフィール

さくらえみ プロフィール画像
  • 名前:さくらえみ
  • 性別:女性
  • 誕生日:1976年10月4日
  • 血液型:B型
  • 出身地:千葉県君津市

カレンダー


さくらえみ ツイッター

Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをニフティクリップに追加 このエントリをLivedoor クリップに追加 blogに各種ソーシャルブックマーク追加登録ボタンを一括表示するのエントリーをGoogleBookmark に追加 このエントリーをdel.icio.usに追加する このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク

ことば|2009-03-29 03:00:00

【ことば】『俺らはおもしろければそれでいいの』アイスリボンのお客様(超長文・重い内容)


アイスリボンご来場ありがとうございました。
電車が遅れたことにより、10分ほどお話させていただきました。
みどころを話す予定だったのですが、例のごとく話が脱線し、自主興行と団体について、無理をするのか堅実に行くのかなどのお話をさせていただきました。

今日ふたりの選手にいわれた言葉に対していろいろ悩みました。
そして、もう一人の言葉で迷いがとびました。

ひとつは、「なぜ代表でありながら、やる気をなくさせるようなことばかりいうのか」というもの。これはリング外です。
みんなにいいことばかり言っていたいのですが、なかなかそういうわけにもいきません。
時に言われたくないだろうことを言わねばならず、それは私自身も言いたくはないことだったりします。
ファンの人が望むカード、選手が望むカード、そればかり組みたいという気持ちはあります。
ただ、このふたつですら同時にはかなわないのです。
お客さんの見たいカードが選手のやりたいカードでばかりあるわけがないし、選手のやりたいカードがお客さんに必ずしも望まれるかといったらそうではありません。
一人の選手の希望をかなえても、相手は違うかもしれない、ひとりのお客さんの希望が他の誰とも重ならないかもしれない。

自主興行で「自分の見たいカードを組んだ。選手のやりたいカードを組んだ」ときくことがあります。でも、団体では選手のやりたくないカードや、お客さんにとって興味のないカードも組まなくてはいけない時があります。感性のずれでなく、必要だからです。
その選手が成長するために必要な試合、経験しておかなくてはならない相手が必ずいます。誰かにメインを経験させるために、誰かを下げなくてはいけないときもあります。
もちろんそれらが裏目に出たことが何度もあるので、いまだ勉強中でもありますが、大会数が多いことで気軽に実験ができます。
これが月に一度しかなければ、基準に満たない人を切ることしか考えないでしょう。

今でいえば、あおいも真琴もちいもハム子も誰一人デビューさせなかったと思います。
まあ、私自身が人数が足りなくなってデビューできたクチなので、入門テストはありましたが全員合格したし、プロテストもなければ受身も取れなかったし、なんともいえません。
大会の中の決められた試合数の中で、真琴が秒殺でも許されたのは、他の試合の選手がそれを補う試合をして、大会全体でマイナスにさせない努力をしたからだと思います。
なので、例えば今日で言えば安藤や赤城が試合するとすれば、他の選手は普段の何倍も気合を入れることで、彼女たちに失敗を許せる場をつくってあげることができなくてはいけなかった。
ただ、全員が未熟。それはさくらも、奈苗だって。
なぜなら基準というのは上がりつづけるからです。その人に求められるものがどんどんあがってしまうから、完成された試合など不可能です。
一番デビューの遅いちいだって、これだけの試合数を重ねているのだからという目に変わっていくし、試合をしていなくても、もうデビューしてこれだけたつのだからといわれます。強い口調で理想をおしつけてしまいました。

なんどもいいますが、今のメンバーがいて、みんなでアイスリボンです。
自分が飛びぬけることでも、周りにあわせて引っ張ることでも、他団体に出場することでも、すべてみんなに良い影響を与えてほしい。
全員が必要です。それぞれがそれぞれの足りない所を補い、またその魅力を放出してほしい。
みんなのやる気を引き出して、その力を何倍にもすることができたら、それは素敵だよ。無敵だよね。
でも、全員に適用させるのは本当に難しいです。誰かがメインになったら誰かははずされるのだから。
悔しい思いや理不尽な思いを何度もして、そしてそれを誰のせいにするでもなく、力をつけていってほしいなと思います。

アイスリボンをこのまま団体としてやっていくのか、プロデュース大会としていくのか、試行錯誤をこれからしていきます。
目的地にたどり着くためには、回り道をしても良いと思うのです。結果、目的地が変わったとしてもいいと思う。
その都度最善と思われる道を歩き、歩んだ道こそが自分の道です。
アイスリボンは道場ができたことで、練習や試合をすることができ、選手や技術が集まる場所になってきました。
だからといって、何もかもが順調なわけではありません。
団体の運営は、絵空事ではないのです。迷うよね。迷う時間もないのに。
堅実にいくべきか、多少無理をしても今勢いをつけるべきか。



もうひとつは奈苗にいわれたこと。あおいが良くなかったことに対して、トップの私が無気力だから全員にそれが蔓延しているとのこと。大意。
「10年前のさくらさんはすごかった。影響を受け頑張る力をもらった。あの時に戻ってほしい。徐々に衰えるのはだめ。落ちちゃだめ。戻れるから。もっとできるから」

うけた。
私の10年を否定されたよ。くぅ。

10年前。知らない人がほとんどだとは思いますが、自分と奈苗は一緒に巡業にでていました。
奈苗の団体で選手の大量離脱があり、人数が足りないのでさくらも参戦することに。
ただ、奈苗の団体は業界最大手、さくらの団体は女子がふたりしかいないちっぽけな存在。
とても肩身の狭い思いをしていました。

あのころ、毎日が嫌で、会場に着くとひどい頭痛に襲われて、移動バスから降りることができなかった。
緊張から毎試合前吐いて、練習に参加できなかった。
でも、そうして練習やリング作りを休めるだけ甘えていたと思う。
試合では毎日のように竹刀で叩かれ、頭から落とされ、全身あざだらけ、とにかく怪我だらけだった。
肺に穴が開いて入院もした、肋骨骨折はしょっちゅう、頭が常に痛い、両膝も曲げられない伸ばせない。
首を痛め、体はしびれ、休みたいとはいえず、微妙に先輩なので弱音も吐けず。

でも、時代もあったと思うけれど、今までのプロレス人生の中で一番、雑誌にとりあげてもらったし、テレビにもでた。
横浜アリーナ、日本武道館、両国国技館を何度も経験し、後楽園ホールで試合することは当たり前だった。

あれは幸せだったのだろうか。わからない。
でもあそこまでやらないと評価される対象になれなかったのは事実だし。評価されたかった。

あの時の私のような状態に、アイスの選手を…させたくはないの。
そうしたくなくてアイスリボンをつくったから。違う形でもトップを狙えるプロレスがあると思う。なければつくる。
試合にやりがいや充実感があったかといえばそれも思い出せない。ただ、つらくて痛くて苦しかった。

怪我の部分ではあの時の私とまではいかなくても、今、みんな初めての経験ばかりでそれぞれにつらい思いをしていると思う。
それなのに、さらに叱責しなくてはいけないのもつらい。

どうしたらいいんだろう。
ふたつの言葉に悩んだのですが。

今日、お客さんから聞いた一言がすべてだったと思う。

『俺らはおもしろければそれでいいの』


これだ!


あのつらかった毎日の中で、プロレスが何なのかもう本当にわからなくて、嫌で嫌で毎日が嫌だったけれど、そんなことが一瞬で吹き飛ぶ魔法の言葉。
それは、お客さんからの「おもしろかったよ」拍手、そして、笑顔。
地方地方で待ってくれている人、手紙をくれたりプレゼントをくれたり、自分に時間を使ってくれることが本当にうれしかった。
何よりもやりがいになった。自分が誰かに喜んでもらえる。それが私にはプロレス。


自主興行とか、団体とか、プロデュースとか、なにがつらいとか関係なく、ただこの言葉をききたいからやっていく。






「おもしろかったよ!」






さあ、どうしていこうかしら。






とりあえず、奈苗むかつく。

今日腕立て休んだら、欄つくって帰っていった。ぷい。





参加ランキング

ベテラン弁護士に相談
アナタの借金問題解決!